愛知県の地場産業である石都岡崎の岡崎【矢作(やはぎ)】石工団地が発展をとげた素因は、今から五百年前岡崎城主であった西郷稠頼(つぐより)が岡崎城の築城に当り、岡崎みかげ石を多く使用したのが始まりで、その後城下町を作るため、城を広げ石垣や堀を築くのに、優秀な石工を和泉の国から移住させ作ったのが、岡崎石工業の始まりである。 |
市の中心部から半径8キロ東北の地に、加工しやすい良質な石材が現在もなお豊富に採掘されている。 |
石工業界も近年近代化が進みつつあるが、岡崎石工業の技術は生産高と共に全国一を誇り、技術においては、通産省より伝統的工芸品の指定を受け、岡崎市における工業生産高の重要なものとなっている。 |
私どもの岡崎(矢作)石工団地は、昭和39年企業の体質改善を計るため市の中心部にあった「石屋町」から、広大な新天地を求めて組合員が相寄り「石工団地」の造成を図り、岡崎石製品工業団地を結成。 |
製品加工々程の移りかわり |
1、手工業による加工、研磨時代・・・・・・・明治大正年間 |
2,一部機械化の進出・・・・・・・・・・・・・・・・・・昭和の初期 |
3、大型機械、機動力、近代化の推進・・・昭和36年以降 |
4、大量生産、製品の大型化により工場設備、作業場の拡張 |
5、家内工業より合理化企業への体質改善 |
《石製品の加工品目》 庭園用各種燈籠、墓石仏像彫刻品,近代建築用板石, 神社仏閣一式、 その他石製品全般 |
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